michiyon2004-03-29

id:benibachi:20040329#p2 でオリーブと映画秘宝両方が好きな女子が少なからずいるということで、いろいろおもしろいことが書いてあったので私も思いつきで書いてみまーす。

私は72年生まれなのですが、あの頃オリーブは今の人が思い描いているオリーブともちょっと違う感じで、自分で実家のオリーブを見ても、あれ?ちょっと自分の記憶とは違うぞ!とびっくりするのです。もっとお洒落なのかと思ったら、コラムとかもけっこうあるし、そのメンツも意外と秋元康氏とか中島らもさんとか、山田詠美とかそんな人の登場が多いのです。あれれ?なのです。オリーブといえば、フリッパーズとかじゃないの?って感じなのに、私が中高の頃はそんな感じだったのです。

それを考えると、その頃オリーブ読んでいた人の何パーセントかがコラム中心だったころの「CREA」を読んでいたこともなんとなくうなずけます。どういう観点でオリーブを読んでいたかによってもけっこう変わると思いますが、秘宝系オリーブ少女は、今は「ku:nel」とか「天然生活」とか「アルネ」とかの世界をかわいいと思いつつもちょっと面映くくすぐったく感じているかもしれません。

ちょうど私が読んでいた頃に、山田詠美の「放課後の音符」という小説が連載されていたのですが、その小説に出てくる少女は、教室の中ではとりたてて目立つわけじゃないのに、何か自分だけの世界を持っていて大人びた子であった気がするのですが、オリーブを読んでた子も、ちょっとだけそういう斜に構えたところがあって、ストレートにアイドルに夢中になったり、わいわいやったりするのが苦手な子が多かったんじゃないかと。そして、家では本を読んだり、背伸びして音楽聴いたりと文化的にだけ耳年増に成熟していったような。

そういう文化的に変に成熟すると、映画を見るにも本を読むにも深みにハマっていくものです。いちおう腐ってもオリーブ少女、文化的に格好の悪いものにはハマりたくはないのですが、「恋する惑星」が香港映画にお洒落という魔法をかけてくれたりして、その魔力にとりつかれた人などがだんだん深みにはまって秘宝系の世界にいざなわれたのでは…。

とこの仮説は自分自身のものでしかないので、香港映画と「恋する惑星」がなかったら秘宝系にはならなかったということになりそうですけど。あと、自分の場合タランティーノの存在もかなり大きかったのかもしれないです。結局は、私の場合は、タランティーノ王家衛のようなフィルターがあったからこそ香港ノワールクンフー、Vシネ、ヤクザ映画興味を持つことになったのかもしれません。

逆に、オリーブと秘宝のどっちも読むという人で、香港映画というフィルターを通してない女子を実は知りません。ということは、オリーブと秘宝をつなぐものは実は香港映画なのではないかという、無理やりな結論を出してみたりして…。ま、これは自分に関してなので、えーーと思った方はお手柔らかに…。ああ、長くなってしまいました。